100%か?という問いかけ

脳は楽をしようとします。

なぜなら生きるためにはエネルギーをできるだけ使わないのが良い選択だからです。

 

私たちの体は何百万年前の狩猟採集民であった頃と構造は変わりません。

しかし、残念ながらその体は現代の生活用ではありません。

狩猟採集民として長い年月をかけて進化した結果なので、言うなれば狩猟採集民用の体です。

狩猟採集民は特定の場所に行けばいつでも物が食べられるということはありません。

いつだって食べ物を探し、見つけて、食べて、次を探しに行きます。

当時は食料の保存だってできません。

そのためエネルギーを体に貯めようとしますし、消費しないようにします。

 

だからこそ私たちはすぐにサボりたがります。エネルギーを消費したくないんです。

私もそれをよく実感します。

特に筋トレの時でしょうか。

どうしても100%を出し切れません。70%ぐらいを何回も続けるというのが基本になってます。

全力は体が拒否するのです。心の中で全力!全力!と思いながらも体はついてきません。

そんな全力を出し切れない自分に最近嫌気が差してきました。

大好きなバスケをしていても、どこかセーブがかかっているような感じでうまくいかず、モヤモヤします。

どうにかできないものかと考えました。

とりあえずアスリートの人の動画を見ては真似してみました。

大声を出してみる、まだ余裕だと言い聞かせる、などなど、、、

しかし効果は若干感じるものの、しっくりはきませんでした。

 

しかしある日のランニングのときです。

全力ダッシュをしてみようと思い、人目が無いことを確認してスタートを切りました。

いつも通り、「もっと体が動くはず」と思いながらもそれ以上に出力が上がりません。

そのときでした。

自然に自分に対して「本当にそれは100%か?」と問いかけました。

そしたら脳がというよりも体が「違う、まだだ」と反応したように感じました。

そして出力は上がり、自分の頭の中と一致する動きになりました。

これだ!と思いました。

まだ発見して間もないので、いつまで効果が続くかはわかりませんが、今のところは非常に良い感触です。

 

なぜ問いかけがよかったのかと考えてみました。

おそらくフィードバックが大事なんだと思います。

今までは自分の出力に対しての感情にアプローチしてました。

「辛い、やめたい、もう無理、うまくいかない」という感情が沸き上がってくる中で「まだいける、余裕だよ、楽勝、できる」と言い聞かせる感じです。

しかしこれでは限界がありました。途中で「やっぱ無理!」ってなります。

それに対して「それが100%か?」は現状の確認です。

自分の状態や出力を感じ、それをフィードバックするという作業はその動作に100%集中ができます。

この集中できるというのがポイントだと思います。

今までは気持ちが大事だと思い続けていましたが、そうではなかったんです。

辛いとか、余裕だとかそういった感情は余計な労力になります。

さらにネガティブな感情がわき上がると、その後に「これをやったことでどのくらい効果があるのだろうか?」とかさらに余計なことを考えます。

これでは無駄な力を使い続けているだけです。

いかに無駄をなくし、今の動作に一極集中できるかが大切なんだと考えます。

 

また、副作用的なものでしたが、この確認はフィードバックなので見極めができます。

おそらく、本当に100%を出してしまえば怪我をします。

筋トレ中に「100%か?」「いや、まだだ」を繰り返すと筋繊維がちぎれそうになるのを感じます。

勢いだけでやって、もしその段階に到達できていたらそのまま怪我するでしょう。

実際に私も怪我したことがあります。

しかし自分の状態と集中して向き合っている状態では危険なゾーンに入ったときの認識が早いです。

良いところでストップをかけることができます。

 

完全に個人的な認識ですが、割と理にかなっているのでは?と感じます。

私は飽き性なので、最初はうまくいっても同じ方法ではなかなか続かないこともあり、そんな不安もありますが、今はちょっと筋トレが好きになっています。